17.html (3607B)
1 <!doctype html> 2 <html> 3 <head> 4 <meta charset="UTF-8" /> 5 <link rel="stylesheet" href="../style.css" /> 6 <link rel="icon" href="/public/minerva-juppiter.svg" /> 7 <title>善い人、繕い人</title> 8 </head> 9 <body> 10 <header> 11 <h1>Blog</h1> 12 <h2>by Minerva_Juppiter</h2> 13 <nav> 14 <a href="/">Home</a> 15 / 16 <a href="/about">About</a> 17 </nav> 18 </header> 19 <article> 20 <h1>善い人、繕い人</h1> 21 <h3>2026/01/30</h3> 22 <p> 23 私は善い人になりたいと思う. 24 </p> 25 <p> 26 それは善さを繕う人とは対局にあるもののような気がする. 27 </p> 28 <p> 29 しかし,その違いを考えることは存外難しいことだ. 30 </p> 31 <p> 32 私が善い人であろうと,他人の事情を考えて行動をする.<br/> 33 それは私が善い人でないと自覚をした上で,善い人であるかのような行動をしていて,欺瞞の意図の有無はあれども,嘘っぱちの行動とは区別できないだろう. 34 </p> 35 <p> 36 これを繕う行為と区別することは難しいかもしれない.<br/> 37 私はひとつ,欺瞞の意図によって区別することも考えたが,私が善い人であろうとする目的は,その行動によって他人を益することであるのだけれども,よくよく検討をすれば,その背後には,他人から善い人であると認識されたいという利己的な意図を排除できないものである. 38 </p> 39 <p> 40 しかし,これが最終的には利己的な目的を持っていたとしても,他人を益するという目的が目的として存在しているという点において区別することはできるように思われる. 41 </p> 42 <p> 43 純粋に利己的な"繕い"はこの点において,他人の益するという目的があるように見えても,為手との関係性が変化すれば,簡単に相手を益さない行動をしうる. 44 </p> 45 <p> 46 つまり,私は,この不安定さによって,また,自己目的化といういかにも人間らしい営みをもって,善い人と繕い人との区別をすることを提案したくなった. 47 </p> 48 <h4> 49 追加解説 50 </h4> 51 <p> 52 私が以前にTwitter(現X)に投稿したドイツ語の文はこのブログ記事のための備忘録でした.<a href="https://x.com/irisoutMarker/status/2017033299676581972?s=20">https://x.com/irisoutMarker/status/2017033299676581972?s=20<a><br/> 53 今,"teleologisches denken"という本を翻訳しながらゆっくりと読んでいるところなので,私が"目的"と言っているものの扱い方が変わってくるかもしれません.<br/> 54 翻訳にあたって,自己目的化という名詞は有るのですが,それを形容詞として機能させるために割合,苦労をしました.もっとドイツ語も勉強せねばなりませんね.<br/> 55 </p> 56 </article> 57 <footer> 58 <p>@all right reserved by Minerva_Juppiter</p> 59 </footer> 60 </body> 61 </html>