fanfic

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2.txt (8538B)


      1 徹夜明け先生と、杏山カズサ
      2 徹夜で重くなった頭をもたげて、先生は給湯室へ飲み終わったコーヒーカップを運んだ。
      3 軽くすすぎ、液体洗剤を付けたスポンジでこすり、水で泡ごとコーヒーの渋を流す。
      4 コーヒーの残り香が静かな朝の空気に混ざって飛んだ。
      5 先生は水切り籠にコップを伏せて置き、下のタオルで濡れた手を拭いた。
      6 先ほどよりも左右に揺れるような恰好で、執務室の自席に戻った。
      7 くたびれた手帳を開いて今日の欄を見ると、不器用な字で「カズサ」と書いてあった。
      8 そろそろ来るだろうか。
      9 シャーレの窓を見ると、出勤してくる連邦生徒会の生徒がちらほら見えた。
     10 カズサの姿は見えなかった。
     11 次の電車なのだろうか。
     12 それよりも、先生の目には、自らのだらしなく乱れた髪などが映った。
     13 手ぐしを使て、雑に頭をならした。
     14 シャツのシワは手ではらっても張りはしない。
     15 シャツの第二ボタンと第三ボタンの間の布を持って嗅いでみると、おじさんみたいな臭いがした。
     16 香水などを買っておこうかと思っていたのだが、それについて詳しくないので、思うだけになっていた。
     17 シャーレのシャワーでも使おうかと立ち上がろうとすると、ちょうど執務室の扉がノックされた。
     18 扉が動いた振動で音が鳴り、廊下と執務室とが繋がる。
     19 それからカズサが顔を少し傾けながら入ってきた。
     20 カズサは後ろ手で、扉をしっかりと締めると。
     21 体の前で両手を丸めながら。
     22 「先生、今日もよろしくお願いします」といい、顔を俯かせた。
     23 先生は椅子から立ち上がり「カズサいらっしゃい。
     24 ありがとうね」と返した。
     25 カズさんは目を上げて先生を見てから顔を上げた。
     26 するとカズサは瞼を軽く下ろして先生の方に駆け寄った。
     27 「先生、また徹夜したの?体に良くないよ?」と緩やかに首を縦に振って、先生の目を覗き込むように言った。
     28 先生は「ええと、そんなに分かりやすかった?」と返した。
     29 カズサは息をふうっと吐いて目をそらした。
     30 それから再び先生の方を見ると「もっと身体を大事にして。その……大切な人だし」と言った。
     31 語気は弱くなって、直視をやめて下を向いていた。
     32 先生は「分かった。
     33 気を付けるよ」と言ってはみたが、しゅんとしたカズサを慰める方法がわからなかった。
     34 「カズサ、あの、今日が締め切りさ。それで忙しかったんだ。でも、そのおかげで間に合いそうなんだ」
     35 カズサは顔の赤みを引かせて少し黙った。
     36 それから先生の申し訳なさそうな表情を見て
     37 「そっか。じゃあ早く終わらしちゃお」
     38 そう言って、当番生徒の側の席に座った。
     39 先生は、書類の束の上にあるホッチキスで止められた紙をカズサに手渡して言った。
     40 「このリストに書いてある書類が揃っているか確かめてほしいんだ」
     41 「わかった」
     42 そうして先生は自らの席に着き、作業の続きをした。
     43 シワと曲がりの多いリストを受け取ったカズサも席に戻って鉛筆を手に取った。
     44 書類の山に目をやると、リストをめくって、書類を見つけるとチェックを付けた。
     45 たまに先生を見ると、またひどいクマを見つけて、仕事の邪魔にならないように見ていなかったように、顔をそらしつつ見続ける。
     46 幸福の気まずい時間が流れる。
     47 カズサと先生の目があった。
     48 先生は「どうしたの?」と聞いた。
     49 カズサは
     50 「えと、その、大丈夫かなって」
     51 と返事をしたが、先生は
     52 「あともう少しだから」
     53 と言って仕事に戻っていった。
     54 リストのチェックも増えてきて、渡された書類の山にはすべて目が通った。
     55 カズサは立ち上がり、先生の席の横に向かった。
     56 先生は作業する手を止めて、カズサの様子を伺った。
     57 カズサが「終わった書類ってどっち?」と聞いた。
     58 先生は「えっと、こっちだね」と言って二、三枚の束をカズサに手渡した。
     59 カズサはそれを受け取ると、さっきの席に戻っていった。
     60 席に残っていた自らのぬくもりが少しだけ煩わしく思った。
     61 リストのチェックがさらに増える。
     62 先生が椅子からゆっくりと立ち上がり、目をこすりながら伸びをした。
     63 カズサの目が先生の方を向く。
     64 さっきまでと違って、先生はまだ椅子に座り直さない。
     65 先生は「やっと終わった!」と言った。
     66 カズサは今度は顔を上げて先生を見る。
     67 先生は伸びをしていた方の腕を下ろして、カズサに最後の書類を手渡した。
     68 カズサは唯一チェックのついていなかった項目にチェックをつけた。
     69 カズサは先生の顔を上目遣いで見ながら「先生、お疲れ様です」と言った。
     70 先生は「カズサもチェックお疲れ様。
     71 ありがとうね」と言って返した。
     72 カズサがその言葉に口角を上げてボソッと
     73 「先生の方が大変だったくせに……」
     74 と呟くと、スマホをいじっていた先生の開放感のある顔が少し曇った。
     75 「カズサ、紅茶でも入れようと思うけど、どう?」
     76 「あー、えっと、じゃあもらおうかな」
     77 そう話して先生は給湯室の方に歩いていった。
     78 カズサは口を突いて
     79 「私がやろうか?」
     80 などと言いそうになったが、先生の再三の申し訳無さそうな表情や背中を見て思いとどまった。
     81 そのうち執務室の扉がノックされた。
     82 カズサは「はーい」と言って、扉の方を向くと、青っぽい長髪のエルフの連邦生徒会の人が入ってきた。
     83 先生はポットを持ちながら給湯室から出てくると
     84 「先生、書類はどちらに?」
     85 「リンちゃん、えっと、そこに……」
     86 先生はポットをローテーブルの上におくと、足早に書類の山の方に向かった。
     87 カズサは立ち上がって二人の方に歩いていった。
     88 適当に三等分した書類の山を持って三人で執務室を出た。
     89 カズサはリン行政官の手の上にあるリストを見て、自分の見たものの記憶と照らし合わせていた。
     90 連邦生徒会のメインオフィスで書類達は再び山をなした。
     91 リン行政官は
     92 「先生、ありがとうございました。後はこちらで」
     93 と言って礼儀正しく頭を下げた。
     94 先生は「リンちゃん、取りに来てくれてありがとうね」と言ってカズサと執務室に戻った。
     95 カップに紅茶を注いで行く。
     96 ローテーブルの上の二つのミルクティー。
     97 先生はここにきてすごい眠気に襲われた。
     98 二人が飲み干した頃には紅茶によって上がった体温が冷めてきた。
     99 先生はソファの背もたれに倒れかけた。
    100 カズサは立ち上がって給湯室にコップを洗いに行った。
    101 帰ってくると先生は未だ眠りかけていた。
    102 「先生、風邪引いちゃうよ」とカズサが言うと、先生は舌足らずな声で「うん~」と応えた。
    103 カズサは先生の隣に座って、先生の方を揺らした。
    104 重さにしては随分と華奢な方だった。
    105 先生はゆっくりとカズサの方に倒れた。
    106 そして頭をカズサの膝の上に乗せると、そこに両手を添えて、本格的に眠りはじめた。
    107 カズサは「ちょっ……先生」と言って目をまんまるにしたが、それ以上は何も言わなかった。
    108 先生はその声をお腹を通してぼやけて聞いた。
    109 カズサの太ももに先生のぬくもりが感じられてきた。
    110 カズサは落ち着こうと息を吸い込むと、鋤鼻器がくすぐられた。
    111 形容し難い、大きくて暖かくて、落ち着くような匂いに、カズサは我慢が……