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Author: minerva-jupiter <ryouturn@gmail.com>
Date:   Wed,  9 Sep 2026 02:49:31 +0900

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A.gitignore | 5+++++
Adocument.tex | 442+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
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diff --git a/.gitignore b/.gitignore @@ -0,0 +1,5 @@ +*.aux +*.log +*.ltjruby +*.pdf +*.toc diff --git a/document.tex b/document.tex @@ -0,0 +1,442 @@ +\documentclass[paper=a6,tate,twoside,fontsize=9pt,baselineskip=19.08pt]{jlreq} +\usepackage{luatexja-fontspec} +\usepackage{luatexja-ruby} + +\setmainjfont{Shippori Mincho} + +%--- 目次マクロ --- +\makeatletter +\def\contentsline#1#2#3#4{% + \par\noindent + {% + \let\numberline\@gobble % \numberline の引数(章番号)を丸ごと破棄する + #2% 章題のみが出力される + }% + \hfill + \tatechuyoko{#3}% ページ番号(第二引数) + \par +} + +\renewcommand{\tableofcontents}{% + \section*{目次}% 目次見出し + \vspace{\baselineskip}% 見出し下の空白 + \@starttoc{toc}% .toc ファイルを呼び出して描画 +} +\makeatother + +\begin{document} + +% --- タイトルページ --- + +\clearpage +\yoko +\thispagestyle{empty} + +\null\vfill +\begingroup + \setlength{\leftskip}{0pt plus 1fil}% + \setlength{\rightskip}{0pt plus 1fil}% + \parindent=0pt + {\Large 有象無象}\par +\endgroup +\vfill +\clearpage + +\tate + +% --- 目次 --- +\tableofcontents +\cleardoublepage + +% --- 本文 --- + +\section{鬱病先生} + +けたたましい音が聴こえる。 +半開きのはっきりしない視界でベッドサイドを弄る。 +手に角ばった人工物を探して、その頭を引っ叩く。音が止まり、腕がベッドの上に落ちる。 +こんなにも肘を上げていたのかと自分でも驚いた。次は寝ぼけ眼の出番。時計の針を探して、えらく傾いた文字盤と重ねて時間を…… +昨日よりは5分遅いか。 +それよりも、音がなり始めてからもう三分が経っていることが不思議だった。 +喉が渇いた。頭痛がする。お腹いっぱいだ。 +布団をどけるためにあげた手がベッドに落ちるときに、私色をした粉末が零れ落ちたような心地がする。 +腕の中を敷き詰めている粉末は下に寄って、その衝撃でちょっとづつ舞い散ったような。 +誰に見せるわけでもないのに頭をもたげるようにして起き上がる。冷え切った朝の支度が始まる。 +そろそろくたびれてきた、いや、まだ着ていくにはきれいなスーツを着た。 +青い紐を広げて首を中に突っ込み、ぶらんと入館証を提げる。 +プラスチックとプラスチックと紐の重さが胸に押しかけてくる。 +先程、歯磨きをした爽やかな口臭と、あまりにも馴染んだいつもの装い。 +頭痛には水を飲むとよいというが、お陰でお腹が揺れて、朝ごはんごと戻しそうになる。 +が、猫背になって舌の裏に力を入れると、それは嘔吐をするほどではない。\\ +「吐きそうで辛いときは、吐いてしまったほうが楽だよ」\\ +と背中をさすられて洗面器に吐瀉をしたときは、確かに言われたとおりに楽になった気がして、覚えておこうと思ったことを薄っすらと思い出したが、喉の奥から込み上げてきて涙を誘うあの感覚よりは今の方がましだとも思えた。 + +登校してくる生徒たちが疎らにいる正門を抜けて、階段を登って、居室に歩いていく。居室の扉の隣にある箱に入館証をかざすと「ピッ」といって鍵が開く。 +指で壁のスイッチを弾いてライトを点ける。 +生徒のとはおおよそ違う、実用的で高そうな椅子をめがけて座る。 +PCを起動して、書類の束の一番上のを見て「こんな案件があったかな」と思うのだけど、昨日の記憶があるはずだからその程度だろう。 +少しづつ、仕事をメールチェックして文字を呼んなくて、先に書類にサインをしよう。下線があるところにサインを下線はどこにアンダーバー。 +ペンを机に戻して、椅子から立ち上がって、そのまま扉を出て、廊下を進む。先程登ってきた階段が見えてきて、反対方向に歩く。 +自分の足音よりも遥かにやかましく、女子生徒二人組の話し声らしき音が粗末な壁に反射して聞こえてくる。 +足を止めて、その声が近づいてくるのかを確かめる。耳の中を通る血管の脈打つ音が聞こえる。居室に帰ろうと、向きを変えて歩きはじめる。 +あの角を曲がれば居室が見える。そう、この角を曲がれば。顔がこちらを向いている。歩いてくる。\\ +「先生、おはようございます」\\ +口を少し開いて、返事を、ただ「おはよう」って。\\ +「……」\\ +「?」\\ +咄嗟に息を吸って、頭を下げて、それを上げないまま、隣を通り過ぎていく。 +取っ手を握って下げて扉を開けて、足並みを緩めて、椅子に座る。力が抜けすぎて「ドサッ」と音がなる。\\ +あ\\ +息が喉から漏れる。声は、ない。声とは何だったか。声の出し方がわからない。 +おおよそ生まれた直後からずっと正しいと思っていたやり方はどこへ行ったのだろうか。 +ため息をつく。息の音は、骨を伝い、空気を伝い、壁や窓に反射して、聞こえる。破裂しそうな血管の音と共に。 +口を噤んで目を左右に動かす。上に声が出なくなったことを報告すべきか、まだ早計か。 +校舎の橋の方にある自販機の水でも買って飲んでみればあるいは。そもそも、昨日は喉が枯れるようなことをしただろうか。 +この部屋にやってきた生徒達と話して、仕事をして、晩御飯を食べて、帰って、シャワーを浴びて寝た。 +話していたときには、喉が枯れる気配はなかった。食事もいつも通りの定食屋で、明日も出勤だし酒なども飲まなかった。 +教員室のドリンクバーの方が生徒と会わなくて良いかもしれない。寝る前に最後に話したのは生徒と話したときか。 +とりあえず水さえ貰いに行けばなんとか枯れた喉が治るかもしれない。咳払いのつもりの、空咳を一つした。 +会議中に喋りを邪魔しないように自分の喋った後を整えるような、そんな風に聞こえただろうか。 +奥歯を噛むと、こめかみのあたりが力んで膨らむ。口を間抜けに開いて、また目を左右に揺らす。 +顎から上げて席を立って、扉の前まで歩く。黙って、扉の通気孔から聞こえるかもしれない音に耳を澄ませる。 +扉を開けて、ゆっくりと、注意深く、歩く。また生徒に会って声が出ないかもしれない。 +教員室の方まで、書類提出などで慣れた道。階段から足音がした。教員室まで来る生徒はそこまで多くないはずだからきっとやり過ごせば。 +静かに素早く空き部屋に滑り込んだ。誰かが教員室に挨拶しながら入っていく。そうかあれはきっと教員だろう。 +教室の扉を締め直してから一呼吸置いて、廊下に出て教員室に歩いた。扉の前に着くと中で談笑している声が漏れ聞こえた。 +さっき教員が来た方の階段を見て、居室まで歩きはじめる。半ば走っているくらいの勢いで、しかし前方に最大限の注意を払って。 +振り向いてはいけない。雑多な教室の前を抜けて、角を曲がって、閉じたまんまの部屋の前を通って、居室の扉を開ける。 +乱暴な音が廊下に残響した。一息をつこうとして、肺に空気が殆ど残っていないことに気がついた。息を吸うと、胸が苦しい。 +視界がぼやけて頭が重くなる。沈んだ中で、ようやっと激しい呼吸が始まる。空気を喉に当てて、それをまた吐き出して、音が漏れる。 +死にかけの呼吸の音。虚弱な自分に似つかわしい。繰り返す。外にはなんとか聞こえないくらいの大きさになるように加減して。 +こめかみが心臓に呼応してザッザッと鳴る。さっきまで触っていた硬い金属製のドアノブが揺れている。いや、そうではない。 +床が小刻みに、揺れたり止まったりを繰り返している。それを確かめる為に息を止めて、沈黙に返そうとする。誰も、誰も、何も言わない。 +先程までは口煩かった床ももう、だんまりを決め込んでしまったようだ。 +どんなに長く静かにしていても、再び息を吹き返すことはなくて、涸れて湿った固くて柔らかいまま、そのままでじっとしているつもりらしい。 +諦めて中途半端に残っていた息を吐き出すと、冷たい息が辺りの空気の温もりに混じって見えなくなってくれたら良いなと虚想をした。 +実際にはただ単に空気を取り込んで、また流し出すだけの電気小物に似ているのかもしれない。椅子に尻から落ちる。 +尾骶骨は恐れていた程は痛まず、不意に空気が漏れたことに気がつくくらいだった。 +扉の脇に突き出たコンクリートの塊みたいな肩が、ようやく頭の左右をつつんで双璧のビルのような意味を成しはじめる。 +何も言うことがない。何も言うことがない。 + +居室を揺るがす音がした。扉が震えて、やぶられる。何かないか。何か策はないのか。ノブが下がる。 +扉の向こう側に何らかがあることが明らかになる。仕事、それだ。PCのモニターを見る。 +全面が灰黒。扉はもう開いたはずだ。だって外の音が詳に聞こえるし、そのような音もした。 +けれども仕事をしているフリをしている。だから振り向くわけにはいかない。落ちてゆく。 +底なしに、どこまでも。扉は閉められた。 + +\clearpage +\section{太陽の余興} + +セピア色に照らされた机の上の空に、ずいぶん小さくなったカマンベールチーズと湿ったピーナッツがいくつかあった。 +床が軋む音を聞きながら机に向かい、暗い闇を慣れたような足つきで踏み抜いた。 +机の前に右足を出し、体を傾けながら右手にその皿を取った。 +その勢いでピーナッツが2粒、皿のふちに滑り当たり、カウベルのような音を立てた。 +そのまま安楽椅子の隣の小さなテーブルの上に、皿の底を恥からぶつけていき、傾きをゆっくりと直すように手を離した。 +音としては「コットッ」というような音であっただろうか。それは私以外は誰もいない部屋の中で、こだまし、机の上の空気を浮かせ流した。 +空を置いた手を、まだ生暖かい空気のなかを泳がせながら、上等のワイングラスの足に引っ掛けると、それもまたサイドテーブルの上に置き、どこかにあったコルクを入れたワインボトルを片手に、ふらふらさせてグラスの上に逆さまにした。 +首を詰まらせながら夕闇色の液体がこぼれ、瓶は窒息したように、たまに大きな音を立て、躰の全てを震わせながら空気を吸った。グラスの七割ほどまで満ちた時、瓶の呼吸は激しくなり、ついには一滴を残して無言になった。 +華奢なグラスの足には苦しいほど、なみなみとした水面を傾けて、生暖かい口の中に注ぎ込んだ。劇物のような強烈な苦味と鼻を指す匂いがした。膨れ上がった腹に入ったワインは、左右に揺れながら血中を熱く走り回り始めた。 +鼻の穴を膨らませ、肩を使って空気を入れると、はっきりしていると思っていた頭がいかにうつつであったかが露わになった。 +眠気のない虚勢に包まれた体に、濃厚なるチーズの柔らかさを舌の上で弄ぶと、その塩味は汗のそれに似た食物とはまた別の、旨味という毒を食っている様相であった。 +湿った口と歯で、粘り強く、牛乳よりも乳臭いものを激しくかき乱す自分が、遠い昔のアクション映画で拷問に使われる怪物にさえ見えてきた。本能のままに、地面を這いずり、エサをむさぼり食うように鈍化した意識が、酒の所為か、この温暖湿潤な空気の所為か、それを考えることすらも諦めた。ついさっき迄、低音の効いたポピュラーソングを、紙が破れるくらいまで打ち鳴らしていたスピーカーセットから、惰性で流れるバッハのアリアを右耳から左耳へと流す、いや、私の周りの空気のみを揺らすだけにとどまっていた。 +犬歯の少し後ろ辺りにある頬の肉が、顎に垂れ下がり、落ちた下瞼のせいで丸くなった目が、虚空の先の空のグラスたちを焼いた。 +椅子の枕に熱い頭をのせて、焼け石を水の中に突っ込むように、伝わっていく熱を感じた。額をほとばしる血液の拍動の中に埋もれていく音楽を、耐えることができずに消した。 +食器棚にわずかに残るものの中から分厚いマグカップの取っ手を逆さま側から掴み、水道の水を蛇口いっぱいにひねって入れた。 +うねって少しこぼれる水が下の洗面台に落ちて、ピシャッと音を立ててから、流れていった。コップの中の水を口腔と食道を通し、ジャンクフードの詰まった胃に流し込んだ。 +もはやそれぞれの匂いは分からずに、何か穴の底から這い上がる異様な塊としての匂いを押し戻すように、水を使う。息が少しあふれると、淡々とした腹をもたげて、再び安楽椅子に座った。 +重いまぶたを閉じると、脳裏に煩雑な今日の光達がぐるぐる回り、水面のあたりくらいの、友人の言葉が頭蓋骨を揺らし始めた。\\ +「友達だろ」\\ +「やば」\\ +「すげえ」\\ +左手の指の腹で額を拭うと、塩辛い汗がびっしりとついてきた。もう一度、水道水をコップに注ぎ込み、喉を鳴らしながら体に流し込んだ。薄い胃液はさらに薄くなって、味気なく塩辛いジャンクフードの消化をさらに遅くした。 + +\clearpage +\section{カラナル} + +カラナルという薬がある。近頃、処方箋にその名前を見ることが多くなった。簡単に言うと心の痛み止めのようなもの。近くにあるメンタルクリニックが処方するのだ。一般的には10mg錠を一日に二回、一回一錠というのが多い。まれに一日に一回だったり、一日に三回だったりする。私から見れば回数の多少で違いがあるように思わないが、医師からしたら異なる点があるのだろう。 +日に数十人ぐらいがこの薬局に来て、そのうちの半分ぐらいだろうかがカラナルを処方されている。\\ +今日もそういう客があった。その人は薄く色のついたシャツを着ていて、下はただの黒い柄のスラックスだった。処方箋を整理券のように渡してきた。私が\\ +「保険証とお薬手帳はありますか?」\\ +と尋ねると、一瞬だけ目を上に泳がせてから、鞄の中に左手を突っ込んだ。 +カサカサと音を立てて、鞄の布地が膨らまされたり戻ったりする。処方箋を見るとカラナルの表記があった。鞄から出てきた左手が、保険証にしては大きな白いくしゃくしゃの紙を握っていたので、後ろを向きかけていた足を止めた。その客は鞄の中から保険証をつまみ出し、私に渡した。\\ +「手帳は?」\\ +「いいえ」\\ +「今、飲まれているお薬はありますか?」\\ +「いいえ」\\ +私は保険証をコピー機に入れて、立て付けの悪いボタンを押す。モーター音がウィーンと鳴り、コピーが出てきた。私は処方箋を調薬室のカウンターの前に座っているバイトに渡し、機械から出てくる整理券をちぎり取った。私は整理券と保険証を届けに行った。その人はくしゃくしゃの紙を半分に折っているところだった。 +私がその客の苗字を呼ぶと、また紙の歪む音を立てながら私の方を向く。目が開かれて黒目が上の方、私の鼻先くらいにとまり、顔を上げる。それから私の首元あたりまで目線が下がり、頭蓋がゆっくりと前傾する。目だけがもう一度私の顔の方に向くが、それきり私の手の保険証ばかりを見ていたように思う。\\ +「こちら整理券と保険証のお返しです」\\ +高い音と低い音を何か発しながら客が頭を上下した。乱雑な髪が、空気を受けてもなおそのままのまばらさを変えずに、張り詰めて追従している様子が、何とも不思議だった。客たちが靴で踏み、砂などを残していったビニール包みの床の上を歩いて、調薬室に戻った。白い石でできたカウンターの上に、先ほどの処方箋があった。 +角が曲がって天板の線の滑らかさを崩すような質量があった。斜向かいのクリニックから歩いている時に風にでも煽られたのだろうか。それにしては全体的にシワがついている。私は処方箋の欄を見て指をさす\\ +『Rp 1 カラナル錠10mg 1錠 分1 朝食後 服用 28日分』\\ +私は木とガラスの棚からカラナルを探す。か行の…カミ…カロ…カラナル。カラナル10mg錠の箱を引き出した。PTPシートが二枚と八錠。PTPシートを三枚取り、そのうちひとつから二錠だけを除く。シートを錠のない銀箔の方に曲げ、逆に曲げるとカシャカシャとなっていた音にパキッという音が加わる。 +白くなった樹脂の断面が見え、鋭利な角が2つ増える。輪ゴムのギザギザした丸い切り口に手を突っ込むと、中から一本をつまみ出す。他のが絡まって、沢山の振り子が連なったように揺れるので、手に一瞬だけ力を入れて他を振り落とした。輪をねじって二つ折りにして小さくしてからシートをくくる。\\ +三枚のPTPシートが一つの野暮ったい清潔な塊になる。印刷機の方に行くと、紙袋の用意が終わっていた。つまみ上げて口のズレた紙を押し上げると、薬を放り込んだ。置くまでは届かないのだが、手を突っ込み、その指のすぼみを緩めると、ボリボリと音を立てて袋が拡がって、薬が輪ゴムのせいでつっかえながらも落ちていく。 +私はその袋を持って調薬室を出た。レジ袋を一枚切り離し、プラスチック製のトレイからチラシの一式を掴んで入れ、薬も合わせて入れる。\\ +「整理番号二十四でお待ちのお客様」\\ +待合室の椅子に座っているのは精々二三人だから、その客はきっと分かるだろうし、テレビの音に混じってガサゴソとしているような音も聞こえる。私はレジ袋から薬の紙袋を取り出しながら、会計へ繋げる処理を進める。客は肩を歪ませて、足元から鞄がずれていきそうな格好をしていた。\\ +「カラナルというお薬が出ております。一日一回一錠、朝食後にお飲み下さい。このお薬は気持ちがあんまり下に行かないようにするお薬です。普段アルコールは飲まれますか?」\\ +「ええと、たまに」\\ +「わかりました。お薬とアルコールは一緒に飲まないようにして下さい。ではまた後で、横のレジにてお会計しますので、少々座ってお待ちください」\\ +客は左肩に紐をかけて、右の太腿で鞄を押しどけながら、待合の席に歩いていった。私は振り返ってそこに座っていた担当のバイトに紙を渡した。そのバイトは紙を体の横でひらひら捺せながらレジの方まで歩いていった。つま先の上がらない、骨盤の下がった歩き方を見ていると、カラナルの一つや二つくらい処方したほうが良いような気がしてきた。 + +\clearpage +\section{天} +\clearpage + +\begingroup +% --- 詩グループ専用のスタイル設定 --- +\fontsize{11pt}{20pt}\selectfont + +\parindent=0pt + +\null +第一章\\ +第一節「日陽」 + +一.小道\\ +\quad 小道の上に広がる空は道と共に続く\\ +\quad 遠くまで澄み続いてゆく\\ +\quad 進み、進み再びここにたどり着く\\ +\quad 小道の上に広がる空よ +\null\clearpage + +\null\vfill +二.水面\\ +\quad スパンコールな波よ\\ +\quad ずっと先の太陽まで続く\\ +\quad 輝かしい光の道\\ +\quad スパンコールな波よ +\null\vfill\clearpage + +\null\vfill +三.誰そ彼(たそがれ)\\ +\quad 陽は昇り暮れる\\ +\quad 空際近くの陽は輝く\\ +\quad 昼間を照らす余韻を残すように\\ +\quad 陽は昇り暮れる +\null\vfill\clearpage + +\null\vfill +第二節「晴」 + +一.青空\\ +\quad どこまでも広がる青き空は明るく光っていた\\ +\quad 太陽の眩しさにもかなうほどの青\\ +\quad 目を細めて見る\\ +\quad どこまでも広がる青き空 +\null\vfill\clearpage + +\null\vfill +二.海\\ +\quad どこまでも続く大海原\\ +\quad 空と海は澄みゆく\\ +\quad 願わくは永遠に\\ +\quad 青く青い空と海は\\ +\quad 境がわからなくなるほどに\\ +\quad どこまでも続く大海原 +\null\vfill\clearpage + +\null\vfill +三.うたた寝\\ +\quad 草の上に寝転び空を仰ぐ\\ +\quad 雲がない青空\\ +\quad 太陽が輝く\\ +\quad 月はうっすらと丸く\\ +\quad 草の上に寝転び空を仰ぐ +\null\vfill\clearpage + +\null\vfill +第三節「雨」 + +一.小雨\\ +\quad 不規則なリズムの太鼓が繰り返す\\ +\quad 屋根を壁を窓を叩き、軽快に揺らす\\ +\quad ただ流れに従うように\\ +\quad 不規則なリズムの太鼓よ +\null\vfill\clearpage + +\null\vfill +二.砂漠\\ +\quad 濡れた雨は降る\\ +\quad 乾ききった砂漠に水を\\ +\quad オアシスを届けんばかりに\\ +\quad 仙人掌たちに似合わぬくらいに\\ +\quad 濡れた雨は降る +\null\vfill\clearpage + +\null\vfill +第四節「街影」 + +一.空への道\\ +\quad 長く続くこの道はどこまでも高い空へ\\ +\quad 無限に続くのはどうしてであろうか\\ +\quad とてつもなく広いこの道はどこへ向かうか\\ +\quad 長く続くこの道よ +\null\vfill\clearpage + +\null\vfill +二.\\ +\quad 永遠たる永遠たるこの道の先に\\ +\quad 我らが夢見る街へ続く\\ +\quad 見えぬ遠い先の\\ +\quad 素晴らしき無限の街\\ +\quad 永遠たる永遠たるこの道よ +\null\vfill\clearpage + +\null +第二章\\ +第一節「崩落」 + +一.メンヘラ女\\ +\quad 一人のメンヘラ女が金切り声を上げて泣いている\\ +\quad ある人達は彼女を支え、満たしあう\\ +\quad ある人達は彼女に石を投げ殺す\\ +\quad 悪臭なる骸は切り刻まれる痛みを覚える\\ +\quad 一人のメンヘラ女が金切り声を上げて泣いている +\null\clearpage + +\null\vfill +二.空への道\\ +\quad 長く続くこの道はどこまでも高い空へ\\ +\quad 道を踏みしめて進む\\ +\quad 道は崩れ、努力など無碍に落ちてゆく\\ +\quad 体はずっと下の道へと叩きつけられる\\ +\quad いくら進めど道は崩れ、下へ突き落とされる\\ +\quad 長く続くこの道よ +\null\vfill\clearpage + +\null\vfill +三.ドシャ\\ +\quad ゴミの山が埋まっている\\ +\quad 誰が見てもそれは土砂にはなりきれず\\ +\quad 異臭を放っている\\ +\quad 捨てられた、捨てられた\\ +\quad 汚い\\ +\quad ゴミの山が埋まっている +\null\vfill\clearpage + +\null\vfill +第二節「驟雨」 + +一.嵐\\ +\quad 風任せの水玉は物々に叩きつける 大きな流れとして\\ +\quad 窓は水に歪み、遠くは灰色と化す霧に見える\\ +\quad 黒豆の飛び交うざるの中で揺られ、止むを待つ\\ +\quad 風任せの水玉よ +\null\vfill\clearpage + +\null\vfill +二.ペトリコール\\ +\quad 熱に浮かされた雨水たちが、濡れた地面より這い上がる\\ +\quad 悶々とした気となって強い臭いを放ち漂っている\\ +\quad そのむさ苦しい酒を飲み干し、渇いた喉を切れよく鳴らす\\ +\quad 地に這いつくばってでも酔いしれたいと\\ +\quad 熱に浮かされた雨水たちよ +\null\vfill\clearpage + +\null\vfill +三.ドロップ\\ +\quad 降る、降る。たくさん、たくさん\\ +\quad あめ、あめ。\\ +\quad おもい、濃い。\\ +\quad しみる、とかす、とける\\ +\quad あめだま、ことだま、しずく\\ +\quad 降る、降る。たくさん、たくさん +\null\vfill\clearpage + +\null\vfill +第三節「怪晴」 + +一.蒼い空\\ +\quad 恐怖の少女は遠々と響きわたる\\ +\quad 藍青の叫びは廻り、空に注ぎ満たす流れとなる\\ +\quad 強き光の輪に溺れ、死に絶えた\\ +\quad 恐怖の少女よ +\null\vfill\clearpage + +\null\vfill +二.深海\\ +\quad 深く冥い海の底に沈む\\ +\quad 水面にへもがく石を背に\\ +\quad 紺碧と淡青に飽きた泡\\ +\quad 深く冥い海の底に +\null\vfill\clearpage + +\null\vfill +三.うたた寝\\ +\quad 草の上に寝転び空を仰ぐ\\ +\quad 何もない空\\ +\quad 背は沈む\\ +\quad 草の下の泥に\\ +\quad 深く深く沈む\\ +\quad 草の上に寝転び空を仰ぐ +\null\vfill\clearpage + +\null\vfill +四.三日月\\ +\quad 雲ひとつない空に三日月が浮かぶ\\ +\quad 灰色の光は暗く照らす\\ +\quad 若干の黄色みが声高に\\ +\quad 広角を高く笑う口のように\\ +\quad 雲ひとつない空に三日月が浮かぶ +\null\vfill\clearpage + +\null\vfill +第四節「陽」 + +一.花\\ +\quad 月の碧に曝された白き灰色なる花は夜にだけ咲く\\ +\quad 背伸びをしてそっと月を見るも、叶わず崩れてゆく大地のたった破片とちる\\ +\quad 水は流れ、跡すら消していく\\ +\quad 何もなく\\ +\quad 月の碧に曝された白き灰色なる花よ +\null\vfill\clearpage + +\null\vfill +二.空への道\\ +\quad 長く続く道はどこまでも高い空へ\\ +\quad 空は無\\ +\quad 何処にも辿り着けさえしない\\ +\quad 長く続く道よ +\null\vfill\clearpage + +\null\vfill +三.輝き\\ +\quad 素晴らしく照らす\\ +\quad 眩しいほどの光は嫉妬すら埋める\\ +\quad 正義の夢の美しき輝き\\ +\quad 人々が渇望する\\ +\quad 不自然に\\ +\quad 素晴らしく照らす +\null\vfill\clearpage + +\null\vfill +四.水平線\\ +\quad 見よ、あの水平線の太陽を\\ +\quad 希望の美しく素晴らしい光を\\ +\quad あそこには闇などない\\ +\quad 光に囲まれた、理想の世界\\ +\quad 人々の夢の場所\\ +\quad 皆が目指し歩く\\ +\quad あの水平線の太陽を +\null\vfill\clearpage + +\endgroup + +\cleardoublepage +\null\vfill +\section{折居にて} +\null\vfill +\clearpage + +僕は死んだ。胸ポケットに電車の片道切符を入れて。\\ +夏の終わりのよく晴れた日のことだった。無造作に積み上げられたテトラボッドの上に、小さなPTP包装シートの山を作った。風波で崩れたかもしれないけれど。\\ +外気に触れて少しずつ身体の生暖かさが抜けていく感じがした。\\ +夜の大きくて無機質な闇が下の隙間にちらついていた。\\ +枷が外れた日、真夏の寒いベッドの上で、あいつらを一蔑できたような気がする。\\ +血温かい君の後ろ姿くらいは見たかった。\\ +最後の夢が終わった。\\ +僕は死んだ。死んでいたかった。 + +\end{document}